Writing

2010/01/20

Find your heart
Feel your heart
Follow your heart
Learn by heart

Which is where your light belongs
And the light will guide you.

None can live your path
Also you can't live other's too.

Keep being honest with your heart
Be brave to live it.

Untill yourself becomes a light
Undill your light becomes a star in this world
Untill the world is filled with everyone's light.

We are coming and go
But the light will remain at there
And the path is to be lived by each.

You are the one for you.

2009/12/09

Dream and freedom

Never stop dreaming.
And always be with god.

I've been searching myself a lot and now
I have no doubt that people dream and that is the gift from god.

We can choose to live it or just think it all day long through whole life.

And it means freedom.

We are so free even to be able to choose whatever we want.

God made us in freedom too.

memo

No one is perfect but that's why we promise everyday to get better don't you??

That's why gratitude

Always only happiness and gratitude to God.

Then Happiness becomes something more calmness and deep expression.

When you are in the shade of the life
The word of happiness would be something more deep.

The world has a lot of faces.
Life is expressed by various ways.

Only the one who can read its words deeply
can enjoy the real meaning of the happiness in the life.

Both side of the river

I was wandering.
I had a doubt.
It taught me "trust life".

Because it told me the feeling that "I'm not trusting the Life now."
Because it gave me the experiences based on " I'm not trusting Life now."

And that was the opposite side of what I wanted.

Thanks for having the chance to see the one side from the other
now I know both side of the river.

solitude

If you want to reach the top of your own mountain,

If you want to know the real Love,

If you want to understand your own real life,

You have to learn how to become good friend with your own solitude.


The night is a time for rest your activity
and become free from your bondage with dreaming.

Diary

Sometime I had a thought that why I have to go so far,
is there any meaning to go for me now??

I'm not teenage now and my old friends started to making their own family
but I'm still making my parents worried.

I just wanted to live my life fully and show them
how they gave me wonderful gift
not only for one person but also great worth to the world too.

But I don't know now.
Sometime I wander that I may simply miss the normal life
and realize that is what I want when I stand at the top of this mountain.

What else more important than normal usual life, nothing ordinary days??
Then why I have to sticked??

But you know, I've came forward already.
It has already became the part of my life.
Then where else can I go?

I wish someday I could make my parents feel rally proud of me.
I will do.

2009/10/21

Simple is the best.

こんな時代だから、シンプルに祈るということがとても大きな意味を持つと思った。
本当にシンプルに在るということ、当たり前の事が当たり前ではない時代。
私は、ただ人として、そして女として淡々と静かに、でも確かにそしてしっかりと、
この身体に与えられた生命をしっかりとしっかりと生き抜きたいと思った。
自分の道として与えられている事ならば、どんなことでも受け入れる。
どんな事でも受け入れて、どんな事でもそれをより自分を精進させるための糧とできるよう、
真の強さと知を授かりたいと思った。

必要な事は、ただ自分をスレンダーさせること。
知恵も強さも運命も、本当は全て既に与えられている。
それが現れ正しく働かないのは、ただ自分の我欲が邪魔をしているだけである。
よかれと思ってあがいている事が、努力と思って躍起になって行っていることが、
実はそれは自分の我欲で、自分の狭い領域で一人遊びをしているにすぎない。
もっと大きなところに行くには、その狭い領域を崩し、自分を超えた大きな力に
身を委ねるという賢さを知る事である。

だから、本当に何かを成し遂げようと思うなら、すべきことは自己(エゴ)を捨てる事。
これだけである。思いも行為も運の流れも、全てあるがままに任せられるその勇敢さを
真の強さ、知と呼ぶといい。
自分が美しく咲くバラだったとして、その花が咲かないのは、
自分がバラである事に気づいてない事と、
そして例え気づいていなくても本来ならば時がくれば自然に咲くであろうその働きを、
ただ自分が妨げているだけなのだ。
それもわざわざたくさんの労力を使って。

物事を選べるという自由は時に、選べないという不自由よりも難しい。
豊かさというのは、溢れかえる物質的な贅沢ではなく、真の心の静けさ、
もっともシンプルな生きるという事の価値を内にも外にも体現できていることである。
祈りは自分の内側と神様との密な交流。形でもなく、方法でもなく、スタイルでもなく、
自分自身の在り方と生き方と、そして神様の思し召しの反映がある。
それだけのシンプルなことである。

自分が何をやりたいのか、何をやりたくないのか、何が大切か、
そしてどう在りたいのか、どう生きたいのか、自分の弱さ、自分の性質、
そういう事がわかってきて、物事の白と黒との間にある繊細な色相も
自分のパレットに在るようになってきた。
だからこそ、自分だけの生き方、在り方を実現したいと思う。

それは他の誰でもなく自分で見つけていかなければいけなくて、
自分で歩き積み上げ創りあげていかなければいけなくて、
それをやり抜いた時、本当はそれら全部は元からそこ(=自分の中)に
与えられているものだったとわかるだろう。
矛盾しているけれど、そんな大きなトリックを現実に納得したい。

あと一つ、大きな鍵となる今必要なことは、
もっと自由に、小さな自分自身から解放されて、
人生に対して、自分に対して、常に真にリラックスな状態であれること。
今自分を覆っているこの皮を一つ突き破りたい!

やっぱり行き着く答えはいつも一つ。
シンプルに。あるがままに。そしてリラックス!
何も知らなくて笑っているよりも、
知っているから黙って笑っていられる。
そういう知性というか、華やかさはとても素敵だと思う。

2009/09/17

一万時間の法則

一万時間の法則

一万時間の法則。
「一人前以上の能力を身につけるには、どんな職種でも一万時間以上のトレーニングが必要。逆に言えば、一万時間以上のトレーニングができない場合、その能力はプロレベルにはならない。つまり才能は、授かるものではなく培うものだということ。」

今の時点で自分にこれに当てはまるものが一つだけある。
命を懸けられるものに出会うこと。
これが自分の道だと言えるものに出会う事。
それこそ自分自身の意思を超え、
“運命に動かされている”くらい人生において強い何かが欲しかった。
それを考え続け求め続けてきたこと。

よっぽどの特別な家庭環境に生まれない限り、
大抵の人はまずここが始まりだと言えると思う。
一日4時間毎日休まずに続けて10年以上。
何にそれだけのエネルギーを費やせばいいのか。
それだけの意志に辿り着くまでにまず努力が必要だ。

好きや情熱だけでは実は結ばれない。
だけど求める熱意がなくては何も始まらない。
そして行動する勇気があって、
向き合っていく意志があって、
そして一番大切で難関なのは、
予想範囲外の展開を受け入れられるよう自分を空にできる強さがあるか。

一万時間喜んでただ努力し続けられる情熱と、
人生がどこへ飛ばされたとしても与えられた展開や状況を
丸ごと受け入れてさらに進んでいける自分自身への確信と。

いつまでも続けられる努力、まず才能と呼ばれる物はこれだけだと私は思う。
そしてどこででも生きていける魅力。
人生に対する熱意。
そしてそこに運命が巡り会った時、
人は何者かになれるのだと思う。

そしてそれにはまず一万時間。
しっかりした意志と共に一万時間を過ごせば、
例えそれが描いていた場所ではなかったとしても、
必ず何かしらの到達点にいる事は間違いない。

アイデンティティとインターナショナル

最近、神道の宮司さんが書いている本を読んだ。
それもあってか、近頃やはり自分は日本人だなぁと思う。
というより、自分のアイデンティティや流れている血を
以前よりももっと確かに、そして誇りを持って自覚するようになった。

若い(?)時、日本の社会は窮屈で狭く退屈に思えて
ずっと海外へ出ることを考えていた。

大学に入って建築を学んでいる時、でもやっぱり自分が一番理屈なしに
魅了される空間や形、表現や文化などは“和”のものである事を知った。
だけど同時に、だからといって、
例えばでは和室を造ればそれが答えかというとそうではなく、
茶室風建築を造ればそれがいいかと言われるとそうでもなく、
或は、近代的な建物に和を感じず魅了されないかと言われれば
そういうわけでもなくて、
じゃあ何なんだと考えたときに、きっとそれは
物事の形や表現の裏側にある日本という血のスピリットだなと思った。


その後、アートや音楽をやりたいと思っていた時、
現在の日本の文化やアートの在り方が嫌いだったので、
そこに縛られたくなく、”インターナショナル”であることを望んだ。
だけど同時に、じゃあ英語が喋れて西洋人みたいな振る舞いを自分がして、
海外のアートみたいな作品を造って、
そういう事がインターナショナルかと言われるとそれも違うと思っていた。


結局大切な事は、
自分の中に流れている血というものはあるわけで、
それは今の自分の人生よりももっと以前から受け継がれ
流れ続けているものであるから、自覚があるにせよないにせよ、
遺伝子の中にその伝統や心は確かに存在しているのだと思う。
それを知っている事、自分のアイデンティティを血と魂のレベルから
きちんと持って認識していること、それではないかと思う。

ただ、時代に伴い生活や社会の在り方というのは変化していくから、
習慣や様式は同じである必要はなく、
そしてその延長として情報や物理的距離は縮まっているから
行動や人生の範囲、或は触れる情報や文化の範囲を日本だ海外だと
カテゴライズする必要もなく、
現代の“距離”や在り方の中で自分の琴線に触れたものを
吸収していくという事も自然な在り方だと思う。

そうやって物理的な意味で“日本”を超えて、
でも精神的、アイデンティティ的な意味では日本人であって、
そうやって同じように来た他の文化圏の人と交わった時、
そこで生まれる違いというものが、
一方では自分のルーツを再認識する機会となり、
と同時にお互い、新しい在り方の候補としてのインスピレーションに
なれたなら、お互いどちらの伝統も尊重され保持されたまま
かつ+αで視野を広げ一歩進歩することができる。
そういう在り方が本当のインターナショナルであるということであり、
増々大切になってくることなのではないかなと思う。

ある時、自分の何倍の時間も多くヨガを学んできている人に
日本で言えば「空の思想」、”無い”けど”ある”という概念を理解するのが
本当に難しかった、今でもわかってないかもしれないと言われた事がある。
私にとってはそれは日本美の神髄でもあり、とてもなじみ深いものだし、
感覚的に「わからない」という事がなかったので驚いた。

一方で「口に出す」という事をはじめ、
伝える事、表現する事、目に見えること/見せる事が”在る”という感覚、
これらは私にとっては一番意識的に訓練が必要な異文化な習慣(?)だった。
逆に私は今でもできていないかもしれない。

もしかしたらそれはずっと真にはわかれないのかもしれないけれど、
でもどちらもわかろうとして努力を続けているし、
その努力の中に自己を広げてくれるものがあり、
その奮闘の中に自己への再認識と他者を尊重する心が育つ。

そしてそれは国のくくりだけではなく、
個人のレベルでも同じことなのだと思う。
自己を深め認識をより深めつつ、外側へもオープンに柔軟に、
そして異なる者同士が共に在る。

世界を広げるには自己を深め知ることは必須で、
同時に自己を知るには世界を広げることも必須だ。
そして、一つになるには異いがそのまま違っていることが大切で、
その異いを互いに吸収しあう事である意味での一つが生まれるという、
結局はそれが一番自然な在り方だなと思う。

改めて今、私は日本人として世界で生きたいと思う。

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